京都中勢以の仕事「4:販売」

4:販売

 

4-1. 哲学(考え方・捉え方)

 

京都中勢以の仕事は、大きく分けると

 

1:買い付け

2:熟成

3:捌き

4:販売

 

の4つに分けられることを述べました。今回は、「3:捌き」から少し進めて「4:販売」について、少し話をしたいと思います。

 


 

 

肉屋における販売には、

 

1. 肉と通貨の交換

2. お客様と共に肉を選ぶ

 

という2つの要素があります。

 

1. 肉と通貨の交換

 

肉と通貨の交換

 

牛や豚を買い付けるときの費用、熟成庫や店舗の土地代や建設費用、水光熱や保守点検などの運用費用、スライサーや冷蔵庫などの設備費用、それらを使い仕事をする働き手の訓練や生活するための費用、肉屋を続ける為には、それらの費用のための通貨を販売によって得る事が必須です。

 

肉と通貨を交換する際、どれくらいの量の通貨で交換するか、肉の価値を定めなければなりません。市場(商いを行う場所、時間、状況)において、扱う肉がどの程度の価値として認識されるのかは、肉屋を続けられるかどうかの引き金ともなり得ます。特に近年のように様々な生産・流通コストが上昇している状況下では、市場における肉の価値よりも生産・流通コストが容易に高くなります。

 

肉屋という商いを続ける為には、以下の選択を大なり小なり進める必要があります。

 

A.市場における肉の評価を高める。仕入れる牛や熟成の具合、カット方法を変える事で市場での評価がより高くなるような味に調整する。市場にとってより魅力的な情報を提供する事で市場評価を高くする。

 

B.肉を既存の生鮮食品としての価値ではなく、何か新しい価値を見いだす事で市場における肉の価値を高める。あまり想像できない価値でありつつ、受け入れられる価値である必要があります。例えば、健康食品としての切り口などでしょうか。

 

C.市場を変える。これには、2つの意味があります。一つは、既存の肉の価値をより高く評価する市場に肉を持っていく。2018年の今、国を挙げてやろうとしている輸出戦略が一例かと思います。もう一つは、既存の市場そのものを変化させる。それは、その市場において圧倒的なシェアをとる事ができれば、可能かもしれません。

 

D.肉を扱い続けていく事が難しく、廃業する。

 

肉屋を続けて行くため、常に上記4つの選択を意識し、市場の評価と肉の価値を考えなければなりません。

 

京都中勢以は、「続ける事」が肉屋を商う目的ではなく、牛、肉、人をつなぐ事でそこから生まれる楽しさや幸せが目的です。その目的に到達するために「続ける事」が必要だと考えています。

 

2. お客様と共に肉を選ぶ

 

京都中勢以_店内

 

京都中勢以において、お客様と共に肉を選ぶという販売の要素は、肉がもっともおいしく食べられる為に必要な仕事の一つです。
良い牛を良い状態に仕上げても、その後に食べられるまでの過程次第では、味や香りが落ちてしまう事があります。そのお肉が食べられるまでをできるだけ想像し、味や香りが悪くなる過程を除く事ができれば、より一層おいしく食べられるはずです。肉屋だからこその肉に対する想像力でよりおいしく肉を食べてもらう事が肉屋の販売の仕事です。

 

肉をおいしく食べてもらうため、まず、肉屋が店頭でできる事、それは気持ち良くお買い物をしていただく事ではないでしょうか。お店に入った時の店内の香りや見た目、雰囲気を良くする事が京都中勢以の販売の最初の仕事です。

 

店内が清潔かつ整理整頓されていて働いている人が気持ちよく仕事をしているお店は、雰囲気が良く、お客様も居心地良く過ごしていただけるのではないかと思います。

 

気持ちよく仕事をするため、使っている道具の整理整頓と掃除は、整理清掃作業リストを使用して行う事を前提として、「意識の外」でも出来るようになるとより良い仕事につながります。

 

意識の外というのがポイントで、仕事の内容が特に悪くなる大きな失敗や事故には、原因があり、その原因をつくる誘因があります。その誘因を意識の外でどこまで潰せるかというところが仕事の出来不出来に関わってきます。最初は、意識の外では感じる事は難しいので、意識をして誘因を排除していくようにします。意識をしながら、毎日、同じことを繰り返し、経験を積む事で仕事をしていく中で、何か些細な問題の発生をなんとなく嫌な気分といいますか、違和感を感じ取り、原因になる前の誘因を排除きるようになるのだと思います。

 

少し話が逸れましたが、そうしてお客様を迎える準備、良い仕事を出来る準備ができたところにお客様がいらっしゃいます。

 

ご来店いただいてからのお客様サイド、カウンターの外からの景色は、

京都中勢以の使い方 1 & 2

に記載していますので、ここでは、カウンターの中からの話を進めたいと思います。

 

「いらっしゃいませ。」「おはようございます。」「こんにちは。」「ご無沙汰しております。」お店にいらっしゃったお客様への最初のご挨拶。魚屋さんでも八百屋さんでも、気持ちの良い会話のスタートは気持ちの良い挨拶からだと思います。この気持ちの良い挨拶というものがなかなか難しく、一様に声を張り上げて元気良さを出した挨拶が気持ち良いこともあれば、地声のトーンから半音くらい高いくらいで丁寧に挨拶をされた方が気持ち良い事もあります。ご来店いただいた事を素直にありがたいと思い、それを声に出して伝えること。それ以上でも以下でもない挨拶が気持ちの良い挨拶につながると思います。

 

ご挨拶から会話を始める間(ま)と最初の一言もお客様とお店の状況に合わせた気持ちの良い間と一言があるように思います。一例ではありますが、お客様から「あの~」とか「すみません」とかのお声がけをいただく、もしくは、声をかけたいけれどかけられないお客様の気が発せられる一拍~半拍ほど前に軽く「何用でご用意しましょうか?」とか「何しましょう?」などと会話をスタートできると良いかと思います。また、ご挨拶から最初の一言までの間を置いている時、お客様の方をじっと見つめてお待ちしたのでは、気持ちが悪いでしょうから、気軽にお声がけいただけるような気配を残しつつ、出来る作業をした方が良いかと思います。
京都中勢以では、店頭にお肉が並んでおりませんので、初めてのお客様は、何をどう伝えたら良いのかわからない事、初めての場所で知らない店員と会話をしないと注文ができない事などから多かれ少なかれプレッシャーを感じ、肉への気持ちが閉じられている事もあります。その閉じている肉に対するお客様の気持ちを少しノックするような心持ちがちょうど良いかと思います。

 

お客様とは、お肉の好みを知る為に過去の経験を共有したいと考えております。その為、これまでのお肉をどのように感じられたかなどを会話の中でお伺いします。それも出来る限り、会話の中で自然とお答えいただいた方が良いと考えています。唐突に「どうでしたか?」と問いかけると、おおよそ多くのお客様は「良かったよ。」と言ってくださるからです。それは、「どうでしたか?」という問いかけの行間に『おいしかったと言って欲しい』という気持ちが入ってしまい、その行間をお客様が読んでしまわれる事が多いのだと思います。

 

肉屋が知るべきポイントは、「良かったよ。」の中から何がどう良かったのか、もしくは、その中から悪かったのは何だったのかを知ることです。味、香り、食感の感じ方に対して、それが個体、部位、厚さ、調理方法、何の効果でそう感じられたのかを理解する事で、そのお客様にとってよりおいしいと感じていただけるお肉のご提案につながります。

 

肉のおいしさは、「個体×部位×厚さ×調理方法×好み×シチュエーション」で変化しますので、お客様のおいしいに辿り着くまでの組み合わせは膨大ですが、組み合わせ全体を体系的に理解しつつ、お客様との会話から想像をふくらませ、肉屋の「個体×部位×厚さ×調理方法のアドバイス」でもってしてお客様のおいしいを絞り込む。肉をおいしく食べてもらうため、お客様と共にお肉を選ぶ肉屋の仕事です。

 


 

この先は、また次回コラム「実際にお肉を共に選ぶ(仮題)」にてお話します。

京都中勢以の仕事 捌き・カット・スライス 包丁と肉3

 
3:捌き(カット・スライス)包丁と肉 〜 仕事の理
 
3-2. 実際(方法・実践)
 
前回、包丁の研ぎ具合や立ち位置、握り具合や走らせる事など、基本的な留意点を述べましたが、重要ポイントとして肘と手首の使い方について少し話したいと思います。
 
肉を裁く時や肉と肉を分ける時など、どちらも手首をやわらかく、スパチュラでボウルの中のホイップクリームをすくう時のように、包丁の刃ではなく平の部分を使って、肉と骨、肉と肉を離したり、探ったりします。
 
その際、グイっと大きく動かす事もあれば、チョイッチョイッと細かく動かす事もあります。どちらにせよ、あまり手首をロックせず、肘を先に動かしてから流れで手首で包丁と肉の角度を合わせていくような感覚で包丁に力を流していきます。大きく動かす時には、あまり意識をしなくても肘が動いている事が多いのですが、細かく動かしている時には手先だけで動かしがちなので、意識する必要があります。
 
手首をやわらかく動かせるようなると、一頭一頭異なる、一頭の牛でも右と左で異なる筋肉や骨の形に対応できるようになります。より、肉を傷つける事無く、すなわち、味を落としてしまう事無く肉を捌けるようになります。
 
逆に手首をロックする事もあります。肉をこそぎ切ると言いますか、かぎ切ると言いますか、刃をすべらせるように使う時です。多くの筋肉は、筋膜で覆われています。その為、二つの筋肉が並んでいる時には、筋肉・膜(スジ)/脂/膜(スジ)・筋肉という層になっている事が多く、スジとスジを離していけば、筋肉が分かれます。しかし、筋肉によっては、筋肉・膜・筋肉というように筋肉と筋肉の間に1層のスジしかない部位もあります。そういった部位の場合、片方の部位にスジを残し、片方を離します。具体的に例を挙げると、大腿四頭筋の外側広筋(カメノコ)と大腿直筋(シンシン)です。京都中勢以では、ほとんどの場合はシンシンにスジを残してカメノコを外します。それは、スジに刃を直角に近い角度で当て横に滑らせるようにして他方の筋肉を離していく過程で話される側の筋肉に負荷がかかりやすく、カメノコとシンシンを比べた場合、シンシンの方がやわらかい部位であり、カメノコと同じ負荷がかかった場合にシンシンの方が傷みやすいからです。
 
肉を捌く時だけではなく、スジ引きしたり、肉をカットする時にも手首の動きは重要です。先のコラムで刃を大きく使う事や、すーっスと切る事が大切だと言いましが、手首をやわらかく使えないとどちらも上手くできません。刃が緩やかな円運動をするように肘の動きと手首の動きを連動させると良い具合に肉が切れます。
良い具合に肉が切れるという事は、肉がおいしく切れているという事です。

京都中勢以の仕事 捌き・カット・スライス 包丁と肉2 

 
3:捌き(カット・スライス)包丁と肉 〜 仕事の理
 
3-2. 実際(方法・実践)
 
京都中勢以で肉を切る際の包丁の理、肉の理、体の理、それらについて少し詳しく話をしたいと思います。
 
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京都中勢以では、片刃の包丁を使います。両刃、片刃、どちらも慣れれば使いこなせるようになるかと思いますが、スジを引いたり、肉を剥ぐような感覚で部位を分割する時、薄くカットする時などは、片刃の方が具合が良いように思います。
 
包丁の研ぎ具合は、ピンピンよりも少し鈍い程度、肉はスッと切れるけれど、スジには少し引っかかるくらいが良い具合です。包丁のサイズは、肉をカットやスライスする時には刃渡り27㎝の筋引きを主に使います。大割や骨抜きといった捌きには、骨透(ほねすき)の丸い方を使います。どちらも研ぎこんでいない刃の幅が広いものと、研いで細くなった物の2つを並行して都合によって使い分けています。
 
さて、筋引きを使って部位の小割をしたり、スジを引いたり、カットやスライスしたりする時の基本的な留意点を8点、お話しします。
 
留意点1)包丁を動かしやすいように立ち、包丁を動かしやすいように肉を置く。
 
体は、包丁を動かす時に体や腕の重心が前後左右に移動させやすい位置に立ちます。そして、肉と包丁が当たるポイントに最も力がかかりやすくなるように肉を置きます。その為、体やまな板の高さそして、肉の大きさによって立ち位置と置き場所を調整する必要があります。手の力で肉を切ると肉を潰し切るようなカットになり、肉の味に悪い影響を及ぼします。腕や手の力で肉を切るというよりも体の重心移動で腕を通して包丁に伝えるようなイメージで包丁を押したり引いたりすると余計な力を入れずに肉を切る事ができ、カットによる肉の味への悪影響が軽減されます。
 
留意点2)包丁を握りこまない。
 
包丁は、柄の中心あたりを中指と薬指の第2関節に乗せてふわりと包み込むような感じで持ちます。人差し指は、どこにどう力を少し入れたいかで峰の上だったり少し横に添えたりします。急いでいたり、少し大きな部位をカットしようとするとついつい力が入ってしまい、握りこんでしまいますが、その様な時こそ力を抜く事を意識する事で、スッと切れて、ササッと仕事が進みます。
 
留意点3)包丁を走らせる。
 
刃渡り27㎝の包丁の刃の根元から刃先まで、力の入れ方と重心のバランス、刃を当てる角度によって切れ方が変わります。角度というのは、刃を立てる寝かすという角度と包丁の刃と肉との接面を多くしたり少なくしたりという角度があります。何をどう切るかで27㎝の包丁のどの部分をどの角度で使い、力をどの程度入れるかを調整します。具体的にシチュエーションに合わせてどのような刃の使い方をするかを大きくカテゴライズする事が出来るかと思いますが、ここでは省略します。
 
問題は、慣れていないと小割をしたりスジを引く時には刃先を使いがちで、肉を焼肉用にカットする時などは刃の真ん中から少し先に近い部分を使いがちな事です。良く知られているように包丁は肉に垂直に押したのでは切れません。それでも、良く切れる包丁は、少し押しただけでも切れるのですが、それは、先にも言ったように肉を押し潰して切る事になります。肉に当たっている刃の部分を前後に動かす事で切れるという理を大いに利用し、刃の根元から刃先までを大きく使うようにイメージして動かすと、余計な力が入ることなく、肉を潰さずに切る事から、より良い切り口になります。この大きく刃を使う事を包丁を走らせると言っています。切り口が悪いと焼きムラが出やすくなる為、狙った焼き目にならないように思います。また、筋繊維がつぶれているせいか肉汁も出やすいように思います。これらは、あくまでも経験則なので、ちゃんと研究してみても良いかもしれません。
 
もちろん、調理や好みによってカット面が潰し切った様な状態にした方がよい場合もあります。その時には、潰し切れるよう意識をして刃をあまり動かさず、少し削るようにカットするといった技を使いますが、それは、あくまでも刃をしっかりと走らせて使えるようになる基礎の上に成り立つ技です。
 
留意点4)「すーっス」と切る。
 
包丁を動かすリズムと言いますか、音のイメージとして、「すーっス」という感じで切れていると良い具合です。「グサッ」とか「グイッ」とか「グググ」など、濁音のようなイメージではないのはもちろん、「すー」もカタカナの「スー」のような切れ味の良いスパっとした感じではなく、ひらがな的なやんわりとしたような、あたたかみのあるような、そんなイメージです。
 
肉を切る時の呼吸をあまり意識しすぎるとギクシャクしてしまうのですが、それでも呼吸と包丁を動かすリズムが合うまでは、自然に呼吸する中で吐くときに肉を切るというイメージで包丁を動かします。
 
留意点5)迷い包丁なく、手数は少なく。
 
前述の通り、刃のどの部分をどのように使うかは、肉のどの部分をどのようにカットするかで変わります。それぞれの肉の部位や状態に合った包丁使いがあるにも関わらず、その組み合わせを体が覚えていない場合、どのように包丁を入れるかを迷いがちです。迷ったまま包丁を入れ始めても、ある程度のレベルに達していれば、無理くり修正して最後まで包丁を進められます。それはそれで問題なのですが、修正できずに、最初から最後まで迷ってしまい、えらく時間がかかってしまったり、やたらとスジに肉が付いてしまったり、肉の表面がボコボコ、がたがたになってしまう。さらには、小割を迷った挙句、間違った筋肉の分割をしてしまう。そこまで悪くならなかったとしても、やはり、手数が多くなり、包丁を入れる回数が多い肉は、手数を少なくスパッとカットされた肉よりも状態が悪くなる傾向があります。状態が悪いというのは、傷んでしまって肉の味に悪影響を及ぼすという事です。迷う事なく包丁を走らせられるよう、それぞれの部位の形と特徴を体に覚えさせています。
 

留意点6)体を動かすのではなく、肉を動かす。
 
自身が最もスムーズに肉を切れる体と肉の置き方があり、その置き場所からズレると、うまく肉を切れない要因となります。体と肉の置き方を体が覚えていないと、肉を分割している時など、ついつい肉の形に合わせて体を動かししまいがちです。肉を分割割する時には、刃で切っていくというよりも肉が割られたいように少しだけ包丁を入れて肉と肉を離すような感覚で割っていきます。肉を動かさず体を動かしてしまうと無理な体勢を取り、余計な力が入る事で割ってはいけない方向に包丁を入れてしまうなど肉を傷める事となります。とは言え、肉をごろごろ転がしていたのでは、上で言ったように手数が多くなる事に繋がりますので、最初に置いた場所でやれる事は全てやる事、次に動かしたところではその動かした状態で出来る事を全てやる事、そうすれば、左右前後と多くても4回動かせば、一つの部位の分割や掃除は全て終わっている事が理想です。
 

留意点7)美味しくなるように念じる。
 
精神論っぽく聞こえてしまい理解が難しい点です。美味しくなるようにと念じながら包丁を入れる事。これは、肉を上手く扱う上で哲学ではなく、方法論として考えています。おそらく、脳波などを計測すれば、科学的に証明できるのではないかと思うのですが、無作為にただ作業として包丁を動かすよりも美味しくなるようにと念じながら包丁を入れた方が良い仕上がりになる傾向があります。
また、美味しいというのは、その肉が料理され、食べられた時にうまれてくる感情です。京都中勢以で肉を切っている時に、その美味しいを見る事は出来ないので、食べるまでの3手~5手前の肉を切るというアクションが食べた時の美味しいにどう繋がっていくのかを想像し、ベストの包丁使いを選ぶ事にもつながります。
京都中勢以は、飲食店の月(にくづき)、惣菜店の合(あい)で自分達が使う立場になる事で、美味しいに繋がる想像を膨らませる為の経験を積んでいます。
 

留意点8)楽しそうに肉を扱う。
 
念じる事と同じく精神論っぽく聞こえる点ですが、肉に包丁を入れる事を楽しめる事や楽しくなくても楽しそうにする事で脳を騙す事が、肉の美味しさにつながるようです。これは、楽しんでいた方がより視野が広がり作業効率が良くなる事と思考が開く事でより想像が広がりやすくなる事が理由かと思います。作業に追われていたり、トラブルが発生したりと、楽しくない事が多々起こりますが、そんな中でも気持ちを切り替え楽しむ事、もしくは切り替える為にも楽しそうに包丁を進ませる事が肉の美味しさに繋がります。
 

次回は、3:捌き(カット・スライス)包丁と肉 〜 仕事の理 3-3. 実際(方法・実践)手首の使い方

京都中勢以の仕事「3:捌き(カット・スライス )包丁と肉 〜 仕事の理」

 

2018年5月1日付にて、「京都中勢以の仕事」と題したコラムを掲載しました。これは、私(加藤 謙一)が、常日頃から「牛、肉、人をつなぐ。」を軸に、お客様やお取引先様、そして私たち従業員自身と向き合う中で、変わることのない「京都中勢以」(に限らない「日本の肉屋」)の普遍的な考えやあり方というものをお伝えしたい、という想いからのコラムでした。

 

一回では到底書き記すことができないため、このコラムをシリーズ化して「京都中勢以の仕事1」「2」「3」「…」として、書き進めさせていただければ幸いです。

 

5/1付コラムでは、京都中勢以の仕事は、大きく分けると

 

1:買い付け

2:熟成

3:捌き

4:販売

 

の4つに分けられることを述べました。

 

今回は順序が前後して恐縮ですが、
「3:捌き(カット・スライス)包丁と肉 〜 仕事の理」
について、その理(ことわり)をお話ししようと思います。

 

ここでいう「理」とは、食に関わる者として一度は目にする、北大路魯山人の「料理とは、理(ことわり)を料る(はかる)こと」※※に着想の一部があります。ものの道理に合わせる、不自然な無理をしない、という発想に通じることから、ここでは少し特異に映るかもしれませんが、あえて「理」という言葉を用います。

 

また、本論に入る前に、「3:捌き」を書き進めていくうち、その中にも大きく「哲学(考え方・捉え方)」と「実際(方法・実践)」2つの括りがあることに気がつきました。私が大学・大学院と農学部出身ということもあり、例えるならば、クラスワーク(講義)とフィールドワーク(現場作業)に例えられます。そこで、前者「哲学(≒クラスワーク)」、後者「実際(≒フィールドワーク)」になぞらえ、「3: 捌き(カット・スライス)、3-1. 哲学(考え方・捉え方)」と「3:捌き(カット・スライス)、3-2. 実際(方法・実践)」の2回にコラムを分けて公開したいと思います。

 


 

3:捌き(カット・スライス)包丁と肉 〜 仕事の理

 

3-1. 哲学(考え方・捉え方)

 

さて、まずはじめに、包丁は「切る道具」であり、その道具を使って肉を切るのが肉屋の仕事の一つです。京都中勢以が肉屋になろうとしている人に肉の切り方を教える時、「包丁に肉を切らせる」とか、「包丁を走らせる」「肉が切られたいように切る」など、包丁を持ち始めた人間にはよくわからない(かもしれない)表現を使いがちです。
 
包丁の扱いに限らず「見て学び、手で習う。」とはよく言ったもの。京都中勢以の仕事は、上手な人の動きを見て学び、自身で繰り返し訓練をする事で会得する事がほとんどです。とはいえ可能な限り、その仕事の理(ことわり)を伝える事で、意識しながら学び訓練すれば、早く一人前になれるのではないかと考えています。

 

肉屋の仕事(捌き・スライス)の理の整理をするため、肉屋として肉を切れるようになる過程を下記にまとめました。

 

1) 包丁の理を知る:
 

どう包丁を動かせば、どう肉が切れるのか、など。

 
2) 肉の理を知る:
 

各部位の形や特徴、切り方によって異なる調理上の変化や味の違い、など。

 
3) 自身の体の理を知る:
 

実際に包丁を動かす時の肉と包丁の角度や力加減、重心移動、など。

 
4) 包丁と肉と体の理を意識し、訓練を重ねる。
 
5) 意識をしなくても理に合わせて体が動くように訓練する:
 

4)の訓練を重ねる中で5)になってくるのですが、意識の外で体が動くようになってから改めて意識をして訓練を重ねる。

 
6) 包丁、肉、体のそれぞれの点の理が線の理へと繋げる:
 

それぞれの理について己の理解を疑い、考え、新しい発見や知見を求め吸収し、理に落とし込み実践する。

 

以上6つの過程が、肉屋が肉を切れるようになるまでの流れです。仕事は個々の点の理の積み上げとして線の理となり、全ての線の理が、縦横に交わる事で面の理へとつながっていきます。

 

それぞれに理に応じた選択があり、その選択が相互に作用した結果としてお肉の美味しさに繋がります。

 

肉屋にとって、すべての理は、お肉を美味しく食べるための「理」といえます。

 

次回のコラムでは「3:捌き(カット・スライス)、3-2. 実際(方法・実践)」について述べてみたいと思います。

 


 

理(ことわり)とは、国語辞典(出典:デジタル大辞泉(小学館))によれば、《「断り」と同語源》となり、

1)[名]1. 物事の筋道。条理。道理。「彼の言葉は理にかなっている」「盛者 (じょうしゃ) 必衰の理 2. わけ。理由。「いみじう―言はせなどしてゆるして」〈能因本枕・三一九〉

2)[形動ナリ]当然であるさま。もっともであるさま。「いかで都へとたより求めしも―なり」〈奥の細道

 

※※  参考・出典:日本料理の基礎観念(北大路 魯山人)

https://www.aozora.gr.jp/cards/001403/files/49990_37893.html

 

京都中勢以の仕事

 
京都中勢以は、牛そのもの、もしくは牛や豚の枝肉を買い、その肉にとって最も良い状態のお肉に仕上げ、そのお肉を求められるお客様に合わせて売るという「日本の肉屋」です。
 
その仕事は、大きく分けると1)買い付け、2)熟成、3)捌き、4)販売、の4つに分けられます。京都中勢以というと「2)熟成」がことさら取り上げられがちです。もちろん、2)熟成も大切ですが、美味しいお肉をご用意する為には、他の3つの仕事も等しく大切だと考えています。
 
そこで今回のコラムでは、この4つをご説明いたします。
 


 
1)買い付け:

京都中勢以は、農家さんから直接、牛そのものを買う事もありますが、主に食肉市場で枝肉を買い付けます。その際は、その枝肉の仕上りから精肉になる時の味を想像して買い付けします。味の想像は、肉や脂の色味やテリ、風合い、枝肉全体の雰囲気等の見た目と過去の味の記憶を重ねます。
 
どのような農家さんがどのような餌をどのように与えて育てているかも、その牛の味や香りに関係してきますので、農家さんのところへ足を運び色々な話を聞く事で味の想像を豊かにしています。
 
2)熟成:

4つの仕事の中で最も京都中勢以の名前を認知いただいた仕事が“熟成”です。肉を酸化や腐敗等によって劣化しないような環境や状態で一定期間寝かせる事で、その肉の食味全般を向上させる仕事です。京都中勢以は、自然対流式の冷却システムによって庫内の温度をコントロールする熟成庫で約8~12週間、枝肉の状態で熟成させます。
 
3)捌き・カット・スライス:

捌きによって肉を傷めないよう丁寧に骨を外し、主に筋繊維束をたばねる筋外膜、いわゆるスジを境目として筋肉毎、言い方を変えると肉の部位に分けます。しゃぶしゃぶやすき焼きと言ったスライスの時には、薄くて舌に当たらないようなスジで覆われた部位の場合は、スジで分けずに2~3種の部位をそのままスライスする事もあります。ステーキや焼き肉の場合には、おおよそすべてのスジは引いてしまう事が多いです。
 
4)販売:

お肉を求められるお客様にその日、その時の熟成庫の中のお肉からそのお客様のご用途やお好み、量やご予算などのご要望に合うお肉や部位をご提案し、会話を続けていく中でお客様の必要とされる大きさや厚さにカット、スライスいたします。
 
また、あいにくその日その時の熟成庫の中にお客様の求められるお肉がない場合、その日に必要な場合は、出来る限り近しい部位やカットの方法でご要望に寄せてのご提供はいたします。しかし、後日でも良い場合には、そのお客様のご要望に合わせて買い付け、熟成、捌きをする事もあります。
 
販売については、コラムの「中勢以の使い方」カテゴリーにてまとめております。そちらも合わせてご一読いただけると幸いです。
 


 
次回も、「牛、肉、人をつなぐ」京都中勢以の仕事を少しずつ紹介していきたいと思います。